2月28日(土)
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曇り時々小雨
ルーリン彗星である。
ここのところ何度か夜空を見上げてはいるのだが曇っていてなかなか見えそうに無い。今夜も星図盤を持ち出して南東の空を眺めてはいるが相変わらず見えない。
軌道周期は数万年とも云われ、この機会を見逃せば今生では見ることは出来ないそうな。
しかし、これが見られないからといってなにが困ることがあろう。自分が見られなかったこと聞けなかったこと、いや見たり聞いたりしてもそれを自分の中に仕舞って来なかったことなどいくらでもあるではないか。ただ、見えたもの、見ることが出来なかったもの、聞いたもの聞こえたはずのものをいままでどれだけいい加減に放って来てしまったのかと見えない星を仰ぎ見つつため息をつくのである。
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雨 だいぶ朝が明るくなったものの雨が降っている今日は季節が戻ったようだ。
世知辛い世の中なのである。
ニュースによれば世田谷区で若い夫婦がゴミの集積所からゴミを盗んで区条例で捕まったという話。
ゴミと言ってもリサイクルできる古新聞だとかダンボールだとか空き缶空き瓶の類なのだろう。夫婦はこれを常習に取って(回収して?)いて住民とも何度かのトラブルがあったようだ。
概報なので詳しくは解らないが、確かにここの町会でもそうしたリサイクルの回収日に回収品を出すと、朝早くに、どこからかトラックがやってきてそうした回収品をゴソッと持って行く人たちがいる。こちらとしては正しいルートでリサイクルされると思うと妙に「エコに貢献している」といった、自己満足ではあるけれど充足感のようなものも湧き上がるのだが、それが誰だかわからない人間が持ってゆくと何処か釈然としない思いに囚われる。誰だどのようなルートでそれを処分しようと、こちらは純然たるゴミとして出したわけだから、こちらに明らかな利益をもたらすわけでもないし誰が持って行こうと構わないことなのだが、「なーんか、世知辛いなぁ」と持ってゆく人たちのことを思っていた。
でも、そうした人たちを警察を呼んで捕まえようとまでは思わない。区条例で取り締まって逮捕するなんてことはそれこそ随分「世知辛い話」なのではないだろうか。
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雨のち晴れ
この間、テレビで熊井啓の特集をやっていたものだから立て続けに「帝銀事件」「日本の熱い日々」「日本列島」と戦後の混乱期の謀略史のような映画を見た。はじめの2本は実際にあった事件について一つの仮説として物語を紡いでいる。
半世紀たった今、見ているこちらにとってはそれらはまるで推理小説を映画にしたような娯楽性があるものの、何処かに不安定な感じを抱かせて映画は終わる。それらはフィクションほど嘘ではなくノンフィクションほど本当ではない中途半端な位置を持った映画だからなのだろう。
その後、「日本の熱い日々」の下山事件に書かれた本をを読んでみた。
たまたま図書館に行ったら「下山事件-シモヤマ・ケース」【森達也著新潮社】という本があったので暇つぶし用の本として借りた来たのだが、これを読むと戦後の混乱期に日本がどの方向に舵を切るかという抗争のの中の一つにこの事件があったように思う。アメリカの政策の下で日本は反共の砦としての方向を当時の日本の指導者達は選らんだ。(彼らがその方向を選んだ理由は「彼ら」の思う将来の日本のためであり、「彼ら」自身のためでもあったのだが)結果、日米安保・55年体制を経て今の日本があるのだ。
村上春樹の言葉になぞえれば今の僕達という卵と戦後の混乱期から続いてきている日本の政治(主に自民党)というシステムを暗喩とする壁がこの事件から既定され始めたのかもしれない。
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晴れ
散歩から帰って、手洗い嗽ののち、ゆっくりと新聞を読み始める。
最近、再生させた万年筆を使っていることもあって、電話で済ませるようなことも、なるべく手紙を書くようにしている。そういう溜まっていた手紙いくつか書き、散歩代わりにポストまで出かけタバコ屋で煙草を買って帰ってくる。
昼は先週買って硬くなったパンをフレンチトーストにして済ます。チェダーチーズを挟みメープルシロップをかけて食べたが存外美味かった。
昼を食べる時にテレビを点けたのだが古い映画で「女相続人」という映画をやっていてついだらだらと見てしまう。オリビア・デハビランドという女優が演じる女の人が怖かった。
掃除をして気が付くと、少し暗くなり始めていてぼちぼち夕飯の支度。
冷蔵庫の中を探すと鶏肉と白菜ときのこがあるのでこれで白菜のクリーム煮、セロリを使って甘酢漬け、昨日、ツレアイの作った野菜スープをちょっと中華風にしてこれで三品。
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曇り
ここのところ散歩をしていると緑はいくらか多くなったものの花が咲いているものは数えるほどだ。
アセビ、オオイヌノフグリ、ヒメオドリコソウ、スイセン、ホトケノザ、ツバキそしてウメ。白梅や紅梅が今や盛りと咲いている。
散歩をしている時はまだ周りが静かな朝なので結構、いろいろな鳥が朝ごはんを食べに花の蜜や木々の実などをついばんでいるが、先日満開の梅の木の下を通っている時スズメほどの大きさのちょっとくすんだ緑色の小さな鳥が梅の木に止まって蜜を吸っていた。僕はすぐに「梅に鶯」のイメージでその風景を見たが、後で家に帰って調べてみたら鶯という鳥は茶色の鳥だという事実に辿り着いて唖然としてしまった。だって花札にだって「梅に鶯」で緑色の鳥が描かれているではないか。調べてみるとあれはメジロで(確かに緑色の体色に目の周りだけが同心円に白くなっていた)今の時期メジロが梅の蜜を吸いに来るそうなのだ。
こんなに歳を取っても知らないことばかりあるもの。
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曇り 寒く時々弱い雨も降る
親父の三回忌の法事。
久しぶりにおばさんやいとこに会う。
その席でいとこの話。
そのいとこが自分の子供の名前をつけるとき、いとこは僕たちの祖母にどういう名前をつけようかと聞いたら(正確には「おばあちゃん、子供の名前をつけて。」といったようだが)祖母は曰く「怒鳴りやすい名前、呼びやすい名前が良い」といったそうだ。
祖母はそれほど(当時としてはみんなそうだと思うのだが)それほど学はないし、若い頃は夫と商売一筋で子供達を育ててきたような人なのだが今日聞いたこの話はちょっと含蓄の溢れた話だと思って聞いていた。
周りの大人がその子供に呼びかける時はいつも静かにやさしく呼びかける時ばかりではない。時には激しく時には強い注意を与える時に呼びかけるその名前のほうが必要なのだ。そのときに「ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレ・・・」とやっていたのでは子供は間違った道に進んでしまうかもしれないし時には命さえ落とすかもしれない。
「怒鳴りやすく、呼びやすい名前。」子供に名前をつける条件としてはなかなか適切な条件だと思うのだがどうだろうか。
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晴れ
エコの話。
今年は家の車の車検なので新しく車を買い換えるか検討中なのだ。どうせ買い換えるならハイブリッドの車にしようかと思っているのだが、その蓄電池の能力がいまいち不安に思っている僕だ。ツレアイはもう内燃機関はダメだといい続けているので、電気自動車に関しては結構乗り気なのだが基本的にその構造自体をわかっていないのでハイブリッドの欠点と長所が解っていない状態だ。
しかし、彼女は強気だ。「今に単三電池2個を入れれば動く車が出来るはずだ。」とのたまう。彼女はスイカが出た時も「私鉄やバスが使えれば好いのに」といってその数年後にはそうなった実績があるので彼女にとっては単三電池2個の自動車が出来ることはそう遠くない世界なのだろう。僕もそう思うしそういう世界が現れることを願っている。
二人の話は更に伸びて、
「電気自動車もそうだけど今は水素自動車も開発されている」と話しを向けると、
「じゃぁ、水で動く自動車も出来て排気ガスはなく、排水だけになるってこと?」
「まぁ、そうなることもあるんじゃない。」
「じゃぁ、世の中はじめじめのビシャビシャの世界になるのかなぁ・・・」
そう、リドリースコットの映画の世界みたいになるかもね。
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晴れ 風強し
確かに記憶力が落ちていると思う。
つい先日読んだ新聞の内容は覚えているもののその人の名前やキーワードとして使われていた言葉が思い出せないことが間々ある。
先日も裁判員制度の意見が新聞に出ていて「そうそう、その通り」とその時は思っていたのだがその意見を言った人の名前もキーワードである裁判員になる拒否権の名前も思い出せない。論旨としていえば「裁判員になることを拒否する」という権利も認めてもいいだろうという事だった様な内容だと思うのだが・・・。
今、小さなノートにいろいろなことを書くようにしている。つまり上に書いたようなことが最近たびたび起こるからだ。読んだ本、聴いたレコード(CD)、新聞に載っていたこと、テレビで見たこと、街で目にしたり感じたりしたこと、そうしたことを逐次書き留めている。このブログもその一つ。
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