3月31日(火)
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曇り ぱらっと来たり陽が射したり、けっこう寒い
「事実は小説より奇なり」とはよく言い古された言葉だが、今日のWBCは全くどんな脚本家が書いてもこんなにうまい話はかけないだろう。
先取点は取るもののすぐ追いつかれ、追加点を取るものの追いつかれ、ノーアウト1,3塁で点が入らない、そして9回ツーアウトまで行っていながら同点に持ち込まれ延長戦へ。野球ドラマを書くとしてもこんなに盛りだくさんにピークを作っていいものだろうか。延長戦に入ると今まで不調だったリーダーが勝ち越し点を叩き出し、ルーキーが最後を締めくくる。本当に作り話だったのではないかと思えるような今日の試合だった。面白かった。
おまけに朝青龍が安馬に負けるというおまけつきだ。
おかげで、一日TVを見続けてしまい、仕事のはかがちっとも行かなかった。
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曇りのち雨
昨今ちょっと気になる日本のマスコミの報道について。
・アメリカで公的資金を注入したAIGが役員に多額のボーナスを払ったという話。
確かに腹が立つ話ではあるけれど、人の財布の話(アメリカ国民の税金)を何故日本のマスコミはこうもにぎやかに報道するのであろうか?以前、日本の銀行に公的資金をバンバン注入した時には、何故日本の銀行の役員達のボーナスや役員報酬について、いまのAIG を叩くように報道してこなかったのか。アメリカの給与体系におけるボーナスと日本の銀行の役員達のそれとは性格を異にしているとの話もあろうが、それでも税金を大量に投入して彼らを潤してきたことには変りはないだろう。
・19日夜に起こった「高齢者向け住宅」の報道。
勿論、いろいろ欠陥のある施設であったかもしれない。しかし、社会の公器たるマスコミはそうした欠陥のある施設に今回の被害者となった人々を預けねばならない状況を作り出している今のシステムをもっと強く糾弾すべきではないだろうか。政治家達が御題目のように唱えている「豊かな福祉社会」とはあまりにもこの施設はかけ離れていないだろうか。噂話を集めて一部の側面だけをマスコミの都合のいい形にして報道しているようにしか見えない。
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雨のち晴れ
14年目の3月20日。地下鉄サリン事件は14年前の1995年の今日起こった。
マスコミをはじめとしたあの騒ぎは何だったのだろうか?
2009年の3月20日はWBCで、大相撲で、宇宙ステーションで、金融危機で、テレビはの報道は占められている。
しかし、僕はあの狂気の事件を忘れない。サリンという耳慣れなかった揮発性の毒物を閉塞された地下鉄の車両で撒くと言う狂気があったことを忘れない。死んだ人が出て、今なを心身ともに苦しんでいる人たち-それは僕であったし僕の肉親や知人であった-が居ることを思えば、まだ、一部の人の心のそこに深く澱んでいるあの狂気が再び顕現してはならないのだ。そのためにも記憶にしっかりと14年前の事件を憶えていなくてはならないと思うのだ。
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晴れ 時々薄曇り
先日、新聞のスポーツ欄の囲み記事で野茂英雄の名球会入りの報道があった。
僕のイメージで言えば野茂という人物は独立独歩というスタイルで野球界を歩いてきた人だと思っていた。今のように日本人メジャーリーガーが多く居ない時に、安定した日本球界での地位をさっさと棄てアメリカに渡っていった。若い頃は勝ち星も上げ、ノーヒットノーランを2回もし、マスコミにもずい分騒がれていたが、体力の衰えとともに登板回数も減りファームからマイナーへと移って行き周りから引退したらどうかの声もあったが、それでもトルネードをやめず投げ続けていた。それは僕にとっては痛々しいというより、いつも「頑張っているなぁ」という思いと自分も頑張らねばと力を与えてくれていた。
そして昔ほど野茂のニュースも流れてこなくなった昨年の7月にとうとう引退した。
僕は野茂英雄の生き方のスタイルと名球会入りがマッチしているようには思わないけれど(以前「名球会入り保留」の話も聞いたことがある)この囲み記事の写真に写っている、金田(歳とったなぁ!)にジャケットを着せてもらっている野茂の笑顔を見ると素直に「よかったね。」と言ってあげたい気分になるのだ。
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晴れ
いま、僕の勉強は純粋な好奇心のための勉強に変った。
今までは、仕事の関係で-いわゆるスキルアップのための勉強がほとんどであったのだが、最近は本を読んでいてとか映画を見ていてとか音楽を聴いていてそれらをもっと理解するために、というか楽しむための勉強をしているのだ。「名所江戸百景」の図版を見ていてちょうど僕の生まれた歳から100年前ということを知ってその時代の空気を知るためにその時代の小説なども読んだり、熊井啓の映画を見て「下山事件」に関する資料などを探したりした。こうした時間はいつも楽しい。
いやいや、そもそも勉強というものは自分の好奇心の果てにあるもので誰かに強いられてするものではなかったはずだ。やっと僕も本当の勉強が出来るようになったのか。
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晴れ 夕方から小雨
夕方、歯医者に行く前に図書館に寄って本やCDを借り、カメラの調子が悪いので上野のサービスセンターへ。
ネットでチェックしたら修理費が1万5千円ほど掛かるようで、買い換えるか修理するか悩んだがとりあえず見てもらおうと持っていったら無償でCCDを替えてくれるとの話。2週間ほど預けることにはなるものの、まぁ、善しとしますか。
サービスセンターで時間が掛かりそうに思って、時間に余裕を持って出てきたのだが、あらかじめネットで相談していたため10分ほどで用事が終わり、歯医者の予約まで時間があるので御徒町から小川町まで歩くことにする。
末広町から秋葉原の電気街を抜けて須田町小川町と歩いてタリーズで一休み。電気街を歩いていたらメイド喫茶の女の子たちが何人もあの衣装で客引きをしているので田舎から出てきたおじさんはちょっとビックリ。
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晴れ 風が冷たい
眼鏡を取り替えようかと思っている。
眼鏡を使っていない人はわからないだろうが、歳を取ってくるとレンズ自体が合わなくなってレンズを換える。僕の場合は乱視と近視が混ざっているうえ、最近は老眼も入ってきたようで、5~6年ぐらい経つと見えにくくなってレンズを取り替えるのだ。そのときに大体フレームもくたびれて来ているのでフレームも替える。それで4~5万円の出費だ。
今までは「見る」ことは商売道具みたいなものだったのであまり考えもせずに替えていたが今の僕の経済状態だと「勿体無いかなぁ」とちょっと考えてしまう。ツレアイは気にしていないようだが・・・。
買い替えたいものは他にもある。大はPCから小はスニーカーまでいろいろ買い換えたいものは有るのだが、やはり、「勿体無いかも・・」と思っていまだに何も買い換えていない。
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曇り 日中薄日は射したものの寒い
最近読んだ本
「イン・ザ・プール」・「空中ブランコ」 奥田英朗(おくだひでお) 文芸春秋
「イン・ザ・プール」も「空中ブランコ」も「伊良部一郎」というデブで醜悪で人が悪い精神科医にやってくる患者の話の短編集。どの患者も、心の不安持って伊良部の元に訪れて来てここからどたばた喜劇が始まる。
この本に出てくる人たちの心の不安は、小説の題材とするために大きな振幅で描かれてはいるが、それは周りを見回したりしたときや自分の中にも覚えがあるような不安や精神の混乱を描いていて、面白かった。
小説の出来自体は1作目の「イン・ザ・プール」よりも2作目の「空中ブランコ」のほうが完成度は高いように思える。電車の中でちょっと読むには量や軽い内容がちょうどいいかもしれない。
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曇り
今日はツレアイも休みなので炊事当番はツレアイにお願いする。
スーパーに連れて行かれ献立は何にするかと聞かれたので(炊事当番は献立から考えろよ!)いろいろ迷った挙句、「お寿司」ということにした。彼女の作るお寿司は早い話チラシ寿司で、しかも酢飯を寿司桶で作り、その上に買ってきた刺身を並べるだけなのだが、それはともかくメインはお寿司にするとして副菜に焼き魚と菜の花のお浸しなどと考え材料をそろえた。
夕方になって彼女が台所で支度を始めたのでこちらは本を読んだりメールを書いたりしていたが、出てきたものはチラシ寿司だけ。あれ?と思ったら干瓢の煮たものがそばにあり、干瓢を煮ることだけで精力を使い果たして他のものまで手が回らなかったらしい。干瓢もチラシ寿司も美味かったけどね・・・。
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晴れ 陽射しが暖かいが風は冷たい
夜のニュースで麻生総理が定額給付金をやっぱり貰うという話があった。それを受けて民主党の鳩山さんは「最後まで矜持を示して欲しかった」と言ったそうだ。
で、「矜持」である。Webの辞書によれば「自分の能力を優れたものとして誇る気持ち。自負。プライド。」とある。
僕はこれを「立脚」乃至は「立脚点」と同義だと思っている。つまり、自分の立つべき位置がちゃんと解っていて、その視点から物事を考え自分に対して対処する事だと思うのだ。
たとえば、朝のただでさえ押しあいへし合いの満員電車の中で、人にもたれている人がいる。寝不足で体調が悪い人もいるのだろうが、ただ単に「楽だから」と言う理由で凭れ掛かってくる人は結構いる。こういう人たちは電車の中だけでなく、仕事場や生活でも誰かに凭れて暮らしているのだろうなと思う。たぶん自分でしっかりと「立つ」と言う矜持が足りないのかもしれない。
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